DEEP DIVE / 詳細解説

NSA Zero Trust
Implementation Guideline

"Zero Trust を、フレームワークから実装へ" — ZIGs Primer & Discovery Phase 完全要約

National Security Agency / January 2026 — v1.0 | 日本語解説

02ZIGs とは何か — 2 つの公開資料

2026 年 1 月、NSA は Zero Trust 実装に向けた "実務指南書" シリーズ ZIGs(Zero Trust Implementation Guidelines) の第一弾を公開した。

資料 ①

ZIGs Primer

U/OO/102936-26 — Jan 2026

  • "Zero Trust とは何か / どう考えるべきか" を定義
  • 哲学・前提条件・用語・設計概念を整理
  • これまでの戦略(EO 14028, NIST, DoW, CISA)を統合する位置付け
  • Zero Trust は "製品" や "境界の置換" ではなく 運用モデル と明言
資料 ②

ZIG: Discovery Phase v1.0

U/OO/107297-26 — Jan 2026(後続 Phase は今後リリース)

  • "どう実装し始めるか" を具体的に定義
  • DoW Zero Trust Framework の 7 ピラーに沿って構成
  • 13 の Capability × 14 の Activity を列挙
  • 各 Activity は実務者が直接行動できる粒度で記述
Primer が「考え方」、Discovery Phase が「最初の実装手順」。両者をセットで読むことで、組織はフレームワーク理解から実装着手まで一気通貫で進められる。

03なぜ今 NSA が出したのか

業界の課題

  • Zero Trust が バズワード化し「何を買えば ZT か」が曖昧
  • NIST 800-207 / CISA ZTMM は概念寄りで 実装手順 が薄い
  • 各社が独自定義した "ZT 製品" が乱立し、整合性が取れない
  • 監査・調達側にも一貫した尺度がなかった

NSA が果たす役割

  • 戦略(EO/NIST/DoW/CISA)を 操作可能な手順 に翻訳
  • 政府機関だけでなく 民間・サプライチェーン全体 の参照点
  • 新たな規制ではなく "実装の共通言語" を提供
  • ベンダーには「この粒度で機能を説明せよ」と暗黙の要求
"フレームワークから実装へ" — 2020〜2025 が 定義の時代 だったとすれば、2026 年以降は 執行の時代 に入った、というのが NSA の明確なメッセージ。

04参照元:4 つの上位戦略との関係

ZIGs は新規フレームワークではなく、既存の主要戦略を 実装層で結合する翻訳レイヤ として位置付けられる。

政策・大統領令

EO 14028

"Improving the Nation's Cybersecurity"(2021)— 連邦機関への Zero Trust 採用を義務化

標準

NIST SP 800-207

Zero Trust Architecture の公式リファレンス。コンポーネント、デプロイモデル、論理構造を定義

国防省フレームワーク

DoW ZT Strategy / RA

Department of War の Zero Trust 戦略と Reference Architecture — 7 ピラー、4 フェーズの源流

成熟度モデル

CISA ZTMM

Traditional → Initial → Advanced → Optimal の 4 段階で組織の成熟度を測定

ZIGs の位置付け

"What"(NIST/DoW)と "Why"(EO)と "How mature"(CISA)に対して、ZIGs は "How to start, step by step" を提供する。Pillar・Capability・Activity の 3 階層で、各組織が自分の環境にマッピングできる構造。

05Primer が示す 5 つの中核原則

原則 1

Never Trust, Always Verify

場所・ネットワーク・以前の認証結果に基づく暗黙の信頼を排除。すべてのリクエストを文脈付きで再評価する。

原則 2

Assume Breach

侵害は "起こるかどうか" ではなく "既に起きている" 前提。横展開を抑え、爆発半径を最小化する設計が前提。

原則 3

Explicit, Inspectable Policy

アクセス判断は属性・文脈・ID に基づく明示ポリシーで、人間と機械が共に検査・監査可能であること。

原則 4

Continuous Verification

ログオン時のワンショット認証ではなく、セッション・トランザクション単位で 姿勢・属性 を継続評価。

原則 5

Identity is the Control Plane

境界(IP / 物理場所)ではなく、ユーザ・デバイス・ワークロードの ID とその属性が中心軸となる。

NSA の念押し

"Zero Trust は製品ではない"

単一製品で達成不可。ID・端末・ネット・アプリ・データ・自動化・可視化を 統合運用 するモデル。

06対象読者:政府機関 + 産業全体

ZIGs の表向きの宛先は政府機関だが、実質的な影響範囲は 民間 + サプライチェーン 全域に及ぶ。

明示された対象

  • U.S. Department of War(DoW)の構成組織
  • National Security Systems (NSS) 運用者
  • Defense Industrial Base (DIB) — 防衛産業基盤企業
  • 連邦機関 / 民間部門の連邦組織
  • 技術ベンダー / システムインテグレータ
  • Zero Trust を支援する産業・学術パートナー

波及する商用組織

  • 連邦・防衛調達に関わる企業(直接 / サプライチェーン経由)
  • 金融・医療・重要インフラ(規制側の参照点として)
  • ベンダー:自社製品の機能を Capability / Activity 単位で説明する必要
  • 監査・アセッサ:成熟度評価の共通尺度として活用
  • セキュリティリーダー:投資計画・ロードマップを ZIGs に整合させる動機
"政府向け" と読んで読み飛ばすのは危険。ZIGs は事実上、業界全体の Zero Trust 実装ベースライン として機能していく見込み。

07全フェーズ構造:Discovery が "Phase 1"

ZIGs はモジュラー構造で、現時点で公開されているのは Phase 1(Discovery)。後続 Phase が順次リリースされる予定。

Phase 1(公開済)
Discovery
ユーザ・端末・アプリ・データ・通信の 棚卸しと可視化。"何があるか" を知る。
Phase 2(予定)
Foundation
基本制御の整備:ID 統合、姿勢評価、最小権限の初期適用。
Phase 3
Target
DoW の Target レベル達成。連続検証、明示ポリシー、SDP/ZTNA の本格運用。
Phase 4
Advanced
自動化・分析・適応的応答。AI/ML を用いた継続最適化と完全自律ポリシー。

Phase の特徴

  • 非順序的:Pillar / Activity 単位で並列着手可
  • モジュラー:環境・成熟度に応じて取捨選択
  • CISA ZTMM の Traditional → Optimal と整合

"なぜ Discovery が最初か"

  • 正確なインベントリ無しに最小権限は機能しない
  • 可視化が欠けたまま強制すると業務停止リスク
  • テレメトリ無しに継続検証は成立しない

08DoW 7 ピラー — Discovery Phase の骨格

Discovery Phase は DoW Zero Trust Framework の 7 ピラーに沿って整理される。すべての Capability / Activity は必ずいずれかのピラーに紐付く。

User
人 + 非人エンティティの ID 管理
Device
端末・IoT のインベントリと姿勢
App & Workload
アプリ・サービス・コードの識別
Data
分類・所在・フロー
Network & Env.
マイクロセグメント・通信
Automation
SOAR / IaC / ポリシー自動化
Visibility
ログ / 分析 / 監査証跡

横断する Discovery 5 大問い

  • Who — どのユーザと非人エンティティ(サービスアカウント・ワークロード・IoT)がアクセスするか
  • What device — どの端末か、その姿勢(パッチ・暗号化・EDR)は
  • Which app — どのアプリ / API / ワークロードが存在し、どう公開されているか
  • Where data — 機密データはどこに在り、どう流れるか
  • How policy — ポリシーはどう定義・強制・記録・分析されているか

09Pillar ① User — 人 + 非人エンティティ

カバー対象

  • 従業員・契約者・パートナー
  • サービスアカウント / ロボット / ワークロード ID
  • API クライアント・自動化エージェント(AI 含む)
  • 特権アカウント(管理者・緊急時アカウント)

Discovery で実施する活動

  • ユーザ・特権アカウントのインベントリ化
  • ID ソース(IdP)の権威性と網羅性の確認
  • 非人エンティティの可視化(最も漏れやすい領域)
  • 属性収集:ロール / 部門 / クリアランス / 期間限定権限

典型的な落とし穴

  • HR システムと IdP の同期ズレで 幽霊アカウント が残存
  • サービスアカウントが個人 ID で運用されている
  • SaaS ごとに孤立した ID プールが乱立

到達状態の例

  • 権威ある HR ↔ IdP ↔ SCIM の単方向プロビジョニング
  • 非人 ID もワークロード ID として明示管理
  • 属性(attributes)が ABAC ポリシーで利用可能

10Pillar ② Device — 端末 + IoT

カバー対象

  • 管理 PC / Mac / モバイル端末
  • BYOD / 委託先端末
  • サーバ・コンテナホスト・仮想マシン
  • IoT / OT / プリンタ / 会議室機器

Discovery で実施する活動

  • デバイスインベントリの構築(権威ソース確定)
  • デバイス健康評価(パッチ / 暗号化 / EDR / 構成)
  • 所有・運用責任者の紐付け
  • 未管理端末の発見と継続監視

NSA が重視する観点

  • "端末が組織に属するか" ではなく "その姿勢が要求条件を満たすか"
  • Posture 信号は 継続評価 される必要(ログオン時のみは不十分)
  • IoT/OT も対象 — 識別不能機器は最大の盲点

到達状態の例

  • MDM + EDR + 構成管理を統合した単一姿勢ビュー
  • アクセス判断に Posture 属性をリアルタイム供給
  • 未準拠端末は自動隔離 / 限定アクセスへ遷移

11Pillar ③ Application & Workload

カバー対象

  • 社内 Web / API / SaaS / モバイルアプリ
  • コンテナ・サーバレス・マイクロサービス
  • レガシー / 専有プロトコル / メインフレーム
  • シャドー IT / 未承認 SaaS

Discovery で実施する活動

  • アプリ・ワークロード・コードの識別と分類
  • 公開面(外部 / 内部 / 第三者)の棚卸し
  • 依存関係マッピング(誰が・どのデータに触れるか)
  • 承認状況(Approved / Tolerated / Unsanctioned)の判定

論点

  • 近年の主要侵害は "未把握のアプリ・API" 経由が多い — まず存在を知る
  • SaaS は CASB / SSPM、社内アプリは APM / サービスメッシュで可視化
  • "アプリ単位の最小権限" は 正確な目録 + 依存関係 なしには成立しない

12Pillar ④ Data — 分類・所在・フロー

Discovery で実施する活動

  • データのカタログ化・分類(PII / 機密 / 規制対象 等)
  • データ所在の特定(オンプレ / クラウド / SaaS / エンドポイント)
  • データフロー マッピング — 誰が何処へ動かしているか
  • 監視ポイントの設置(DLP / CASB / 監査ログ)

4 つの問い

  • 何が機密か — 一貫した分類スキーム
  • どこに在るか — 構造化 / 非構造化 両方
  • どう動くか — エクスポート / 共有 / 出口経路
  • 誰が触れるか — ユーザ × データの実効アクセス
"Zero Trust は最終的にデータを守る運動" — NSA は本ピラーをアクセス制御の 目的地 として位置付けている。可視化が無ければ DLP も RBI も的を外す。

13Pillar ⑤ Network & Environment

Discovery で実施する活動

  • ネットワーク資産・セグメント・経路の棚卸し
  • 東西通信(内部横断)の可視化 — 最も見落とされる領域
  • 暗号化状態と TLS インスペクト点の把握
  • 境界依存型のレガシー経路の特定

狙う到達状態

  • マイクロセグメンテーション(アプリ / ワークロード単位)
  • SDP / ZTNA による ネットワーク非公開 のアクセス
  • 環境(クラウド / オンプレ / OT)に依らない一貫ポリシー
  • すべてのフローに対する観測可能性

論点:「環境」を含む理由

NSA は意図的に "Network" 単独ではなく "Network & Environment" と表記。クラウド・オンプレ・OT・SaaS で運用モデルが分断しないよう、環境横断の一貫制御 を志向することを明確化している。

14Pillar ⑥ Automation & Orchestration

Discovery で実施する活動

  • 既存のポリシー / ワークフロー / SOAR / IaC の棚卸し
  • ポリシー定義の重複・矛盾の特定
  • 手動運用が残っている領域の識別
  • API・自動化フックの可用性確認

狙う到達状態

  • ポリシーは コードで管理(Terraform / GitOps)
  • 検出 → 判断 → 是正が機械的に連結(SOAR)
  • ID / 端末 / アプリ / データの変化に 自動応答
  • 監査証跡が自動取得され、再現可能
Zero Trust は 連続検証 + 即応 を要求するため、人手だけでは絶対に到達できない。Discovery でも「どこに自動化を差せるか」を可視化する。

15Pillar ⑦ Visibility & Analytics

Discovery で実施する活動

  • ログソースの棚卸しと 網羅性ギャップ の特定
  • ユーザ / アプリ / ネットワーク横断のトラフィック分析
  • ポリシー判断の 説明可能性 確保(誰が・なぜ許可/拒否)
  • 長期保管・検索基盤(SIEM / Data Lake)の設計

狙う到達状態

  • 全ピラーの信号が単一観測面に集約
  • 異常検出・脅威ハント・コンプライアンス監査が同基盤で可能
  • ポリシー有効性の継続評価ループ
  • 運用 KPI(MTTD / MTTR / ポリシー違反率)を継続計測

NSA メッセージ:可視化は最終仕上げではなく すべての前提

Visibility は他ピラーの "後で付ける" 装飾ではなく、Discovery の 燃料 であり、Phase 2 以降の 判断材料。ここが弱いと、他のすべての投資が形骸化する。

16Discovery Phase:13 Capability / 14 Activity

Discovery Phase は 7 ピラーを横断する 13 の Capability と、その下に 14 の Activity を定義する。代表的なものを以下に整理。

PillarCapability(代表)Activity(具体タスク)
UserUser Inventory / Privileged Account InventoryHR・IdP からの権威データ収集、特権棚卸し、サービスアカウント識別
DeviceDevice Inventory / Health AssessmentMDM + EDR + CMDB の統合、姿勢属性の収集、未管理端末発見
App & WorkloadApplication & Code Identificationアプリ / API / 依存関係の特定、シャドー IT の発見
DataData Cataloging & Monitoringデータ分類、所在マッピング、機密データの監視
Network & Env.Data Flow Mapping東西通信を含む通信フローの可視化、暗号化状態確認
AutomationPolicy Inventory & Development既存ポリシーの棚卸し、ギャップ抽出、ポリシー言語の標準化
VisibilityLogging & Traffic Analysisログ網羅性ギャップ評価、横断トラフィック分析、保管設計

※ 詳細な 13/14 すべての分解は ZIG: Discovery Phase v1.0 本体(CTR_ZIG_PHASE_ONE.PDF)を参照。本表はピラー単位の代表例。

17Activity の構造:5 要素フォーマット

各 Activity は実務者がそのまま行動に移せる粒度で記述され、以下の 5 要素 を備える。これにより「読むだけで終わらない」ことが担保される。

① Scenarios

適用シナリオ

どの状況・組織形態で必要か。例:ハイブリッド勤務、クラウド移行中、合併直後など。

② Positive Impacts

実施による効果

セキュリティ・運用・コンプライアンスへの具体的なポジティブ影響。投資対効果の説明材料。

③ Technology Considerations

技術的考慮事項

必要な機能カテゴリ(特定ベンダーは指定しない)、統合点、相互運用性の要件。

④ Implementation Guidance

実装ガイダンス

着手順、依存関係、注意点、運用上のアンチパターン。

⑤ Expected Outcomes

期待される成果

完了条件 / 検証指標。"何を以て Activity が達成されたか" を明示。

運用上の意味

この 5 要素が揃うことで、Activity は 調達要件監査基準ベンダー評価基準 としてそのまま転用できる。

18セキュリティリーダーへの 4 つの含意

含意 1

Identity is the new control plane

境界(ネットワーク・場所)ではなく、ユーザ・端末・ワークロードの ID と属性がアクセス決定の主軸となる。IdP / SCIM / Posture の統合が前提。

含意 2

Inventory precedes enforcement

最小権限は "何が存在するか" を知らなければ設計不能。可視化を後回しにした強制は誤検知と業務停止を生む。

含意 3

Policy must be explicit & inspectable

アクセス判断は属性・文脈に基づく明示ルールで、人間と機械が共に検査可能。"ブラックボックス AI 判定" は監査に耐えない。

含意 4

Zero Trust is operational, not theoretical

焦点はフレームワーク策定から日々の執行へ。ベンダーは Capability / Activity 単位で機能を説明できる必要がある。

ベンダー評価フレーズの変化:"Are you Zero Trust?""Which ZIG Activities do you enable, and how?"

19明日から着手するチェックリスト

30 日:見える化

  • HR ↔ IdP の同期状態と幽霊アカウントの抽出
  • 特権アカウントとサービスアカウントの一覧化
  • MDM / EDR / CMDB の網羅率測定
  • 主要 SaaS / 社内アプリの目録整備
  • ログソース棚卸しと盲点の特定

60-90 日:マッピングと優先順位付け

  • 機密データの分類スキームとカタログ初版
  • 東西通信を含むデータフロー図の作成
  • 既存ポリシー(FW / NAC / IdP / DLP)の重複・矛盾抽出
  • 各 Activity を 5 要素フォーマット で社内文書化
  • Phase 2 候補 Activity を 3〜5 件選定し PoC 計画

運用ガードレール

  • "Discover → Enforce" を一気にやらない — まず観測のみ → 影響評価 → 段階的に強制
  • Activity ごとに完了条件(Expected Outcomes)を先に決める
  • 各ピラーに オーナー を任命(兼任は失敗の元)

20まとめ:ZIGs は "業界共通の実装言語"

本資料で押さえたポイント

  • ZIGs = Primer(考え方) + Discovery Phase(最初の実装)
  • EO 14028 / NIST 800-207 / DoW / CISA を 実装層で結合
  • 5 原則 — Never Trust, Assume Breach, Explicit Policy, Continuous Verify, Identity-Centric
  • DoW 7 ピラー × 13 Capability × 14 Activity の構造
  • 各 Activity は 5 要素で実務直結(シナリオ/効果/技術/実装/成果)
  • Discovery が Phase 1 — 後続 Phase が順次リリース予定

NSA からの最重要メッセージ

"Zero Trust cannot be implemented effectively without first understanding the environment."

— 強制の前に 可視化
可視化の前に 権威あるインベントリ
インベントリの前に 5 つの問い(Who / Device / App / Data / Policy)。

"ZT 製品を買う" 時代は終わり、"Activity をどう積み上げるか" の時代が始まった。— Discovery を侮らない ことが、最短ルート。